1p36欠失症候群家族会+ゆうちゃん

1p36欠失症候群のゆうちゃんとの日々

* お父さん 亡くなる *

12月1日(日)  晴れて暖かったし


ゆうちゃん 珍しく体調◎だから

あいくん サッカー練習サボって 

家族で 紅葉楽しもうと 

地元 京都の植物園へ行ってきました{http://ucs-emoji.ameba.jp/img/user/oh/ohaa1224/17140.gif}


京都行くのは 春以来



植物園満喫し 帰宅しようと

駐車場から車動かした時に

PM3:04 私のお母さんから 電話入り



「 …お父さん 救急車で運ばれて

もたない可能性

高いらしいから 早く来て{http://ucs-emoji.ameba.jp/img/user/ap/aporitan/242585.gif} 」



たまたま 久々の地元京都居てて

急な事に 心臓がバクバク


植物園から 15分ぐらいで 病院到着病院



病院の先生から 病状説明あり

非常に悪く危険な状態らしく



? 集中治療室→危篤な状態になった時
気管切開や心臓マッサージなど 医療駆使して 出来る限り生命持続させるか?

?  一般病棟→無理な治療せず
器具付けなくて 自然に見送るか?



先生は 早く対応したくて

急いではる様子だったけど

母+妹+弟と意見共有して 判断したい

先生には1時間待ってもらう事にした



妹に 連絡すると

嫁ぎ先の鹿児島から すぐ飛行機乗り

電話で色々話して…



弟は 出先の滋賀県から 病院到着し

母交え 話して…

 

結局 無理な延命治療しないでおこう

という結論になった



父は 超×超 仏教大好き♡という人で

人とは違う価値観で

かなり変わってました



自分死んだ後の希望を

幼い頃から ずっと聞かされて

無理矢理生きるのは 嫌がってた



だから そう決めた

…けど

生きる可能性少しでもあるなら 

家族みんな 生きてて欲しいと

そう強く思った



でも 別の先生に お伺いすると

延命治療しても 経験上持たないと思う



そう言われすっごく苦悩した 

… みんな 



涙出そうだったけど

泣いても お父さん心配するだけやし

子供達+パパと いつもどおり面会した



以前より 痩せた父

酸素マスク越しに 


「 お〜っ 元気してるかぁ?」と小声


子供達声掛けると 笑顔で

植物園で 撮った写真見せると

穏やかな顔して とても嬉しそうだった



その後  子供達+パパは帰宅し

私の母は 入院用意準備で帰宅

弟と二人に



痛みと寒気で 苦しんでたけれど

その度 耳の遠い父に 

近くで声掛けしか出来なかったあせる



痛み止めと使うと 意識無くなり

戻って来ない可能性が 非常に高い…と

言われてたので



体震えたり しんどそうなのは

すごく伝わってきたんだけど



それでも お父さんの口から出た言葉は


「 元気してるかぁ… 」


か細い声で 何度も言って

全く弱音吐かず 自分の気持ち言わず

そればっか言ってたのが 

自分の親ながら スゴイと尊敬した



20時頃 鹿児島から到着し

母も来たので 帰宅する事にした



翌朝 ケトン食作らなアカンのと

ゆうちゃん通学する時 医療措置で

そばにいないと アカンかったから…



そのまま お父さんの側に

居たかったけど 仕方ない…

と言い聞かせつつ



翌日 朝 6時過ぎ 母から 

何度か連絡あって 最後 


「 今 亡くなった … 」



そう聞いた途端  

見送り出来なかった事と



ゆうちゃんの事で 色々 知識あったのに

もっと 前から 助けられたんじゃあ…

近所に住んでたら 助けられたかも…



後悔 増すばかり… で 涙した


自分の事でいっぱい×いっぱい

なり過ぎてたのかも

親孝行 全然出来なかった…しょぼん




そして 葬儀場運ばれるの

あっという間で 実感出来ないまま

あたふた時間過ぎ…



妹の旦那さんが駆けつけてくれました

妹の旦那さん=お坊さんです



お父さんが 「 自分亡くなった時 

枕経は 妹の旦那さんに 上げて欲しい」



そう言ってたそうで

妹の旦那さん お経あげてくれはる中

一瞬 笑ってそうに見えて  

涙溢れた




翌日 お通夜は 色々な人来るし

お父さんカッコよくしようと

髭カットして

弟に チーク買ってきてもらい

塗ると 可愛く笑ってる感じになって

笑ってもーた 

昔 一緒に遊んだ頃の父 思い出して


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